テーマ:高岡英夫との出会い

僕がいい加減な教室の運営をしない理由

http://86777562.at.webry.info/200807/article_13.html 10年以上前、初めて高岡先生の話を聞いた時のこと。この年から大阪の月例講座がスタートしたのだった。今はYMCAだが、当時はUHAだった。 講座のゲストとして訪れた高岡先生は、ようやく大阪で月例講座が開かれるようになった、いい…
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高岡英夫との出会い 番外編

大阪合宿では、極意の初級を受けていたのだけれど、中級のクラスに「いかにも」という感じで、上はTシャツ、下は空手着の格好をしたゴツイ男性がいたのだが、今にして思えば薮本先生だったのかもしれない(違うかもしれんが)。 あと、小野先生も参加していた。あの頃から小野先生はちょっとした有名人で、衆目を集めていたものだった。
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高岡英夫との出会い36【そして・・・】

この時の浦野さんが歌ったのは、突然だったこともあり、ほんの数曲だった。 最後に選んだのは、イタリア民謡で、誰もが聞き覚えのある歌だった。会場は手拍子で大いに盛り上がった。 短かったが、ぜいたくな時間だった。 そうして、大阪合宿は終了し、僕は特急サンダーバードで帰路についた。 列車の中で「高岡先生の理論は、まだ完全にはわか…
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高岡英夫との出会い35【浦野智行さんの歌を聞く3】

そうして歌が始まりだしてしばらくすると、浦野さんの体幹部が異常に動くことに気付いた。 声を出し切った直後、息を吸い込む瞬間の動きが尋常ではなかった。目の錯覚かと思う程だった。 「肋骨って、あんなに膨らむものなのか?」 「まるで風船みたいや・・・」 そう思いながら、次のブレスを待つ。そして浦野さんが息を吸うと、また一瞬でブワッと体…
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高岡英夫との出会い34【浦野智行さんの歌を聞いた2】

合気の実技を見たときと同じく、高岡先生の話を最前列で聞いていた僕は、浦野さんの様子を見逃すまいと注目していた。 最初に歌ったのはオペラの一節か何か、僕の知らない歌だった。 さすが声楽家だけあって声量も並外れていて、歌もうまい。 ただ、もともと声楽家は、そんな人の集まりなんだろう、とも思った。歌うこと、声を出すことも運動だと…
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高岡英夫との出会い33【浦野智行さんの歌を初めて聞く1】

大阪合宿のカリキュラムが終了し、それぞれの参加者が一ヶ所に集まり、最後、高岡先生から話があった。 思い返せば、その頃高岡先生が話をする機会は多く、時間も長くオーバーすることもしばしばだった。今と比べると、なんとなく牧歌的なところがあった。 ゆる、身体意識といったことの下地がなかった時代だったからかもしれない。 で、ゆるについての話…
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高岡英夫との出会い32【合気を目撃する5】

さんざん下瀬さんを投げたあと、少し話をしてから高岡先生は会場から去っていった。 高岡先生の姿が会場から見えなくなると、残っていた下瀬さんの周りには十数人の人が集まり(その中には僕もいた)、質問を次々と浴びせていた。 「あの合気をかけられた時は、どんな感じだったのか?」「この合気をかけられた時は、何が起こっていたのか?」「K氏と下…
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高岡英夫との出会い31【合気を目撃する5】

高岡英夫の合気が目の前でくり広げられているにもかかわらず、全く興味を持てなくなっていた僕は、時間をもてあましていた。 ものの一分ぐらいの時間が非常に長く感じたものだった。 ちょうどその時、合気の相手役がK氏から、大柄な男に変わることになった。 その頃には、すでに彼の名が「下瀬さん」ということはわかっていた。 下瀬さん…
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高岡英夫との出会い30【合気を目撃する4】

僕が見た合気の実技は『合気という奇跡』とはぼ同じものだった(実技に興味のある人はDVDをご覧ください)。 高岡先生が「フンッ!」と合気をかける度に「オォー!」とどよめく一団もいたが、二度三度繰り返されるうちに、あれだけふくらんでいた僕の期待はみるみるしぼんでいった。 これって、本気でやってるの・・・? 本気かどうか、わ…
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高岡英夫との出会い29【合気を目撃する3】

高岡先生の相手役をつとめたのは当時、指導部にいたK氏だった。 K氏が登場した時、僕のとなりにいた人が「あっ、雑誌でやられてはる人や!」と叫んだ。 「やられてはる人」という関西弁が妙におかしかったので、今でも覚えている。 そして、K氏が高岡先生の手首を取り、合気の実技がはじまる。 ここで僕は大いに失望することとなる。 …
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高岡英夫との出会い28【合気を目撃する2】

『極意化の時代』を読んだ時に感じた「高岡英夫は本物なのか?」を見極めるため、合気公開に際し、僕は一瞬たりとも見逃すまい、と気合いを入れていた。 合宿の参加者の大半が集まり、しばらくしてから高岡先生が入ってくる。そして、少し合気について解説した後、いよいよ武技の公開がはじまった。 (続く)
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合気という奇跡

僕が見た高岡先生の合気とほぼ同じものを収録したのが、このDVD。 DVDの後半には高岡先生のインタビューがあって、これは武術云々という話ではなく、身体をゆるめる上で非常に大切な話なのだけれど、タイトルやパッケージのせいで見たことがない人も結構いるんじゃないかと思います。 そんなあなたは、画像をクリック!!
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高岡英夫との出会い27【高岡英夫の合気を目撃する1】

この時の講座の合間(確か第一教程と第二教程の間だったと思うが、記憶があいまい)、高岡先生が合気を公開すると予告されていた。 僕が、講座に参加した理由は、半分が高岡メソッドを学ぶことであり、あと半分は実際に公開された武技を見て、高岡英夫が本物かどうか見極めたい、というのがあった。 だから、合気公開の会場には早めに入り、最も見や…
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高岡英夫との出会い26【本格的に講座に参加する7】

「リバース武蔵」は、おもしろかった。 詳しくは『丹田・~』を読んでもらいたいのだが、初心者でも相手が前面で受けているのか、後ろで受けているのか、わかるのが興味深かった。 そう思って、浦野さんの相手をしていると、「やり方が良くない」と突然、横から来た人に注意された。 声の主は、例の受付にいた、いかつい男だった。 指摘を受け「なるほ…
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「極意を教える」の内容とは

知りたい方は、この2冊をお読みください。 学術書なので、一般の人には難しいかも。実際に運動総研の講座を受講してから読むとわかりやすいです。
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高岡先生と浦野さんとのエピソード

高岡先生と浦野さんとの知られざるエピソードが読めるのは、この本です。 人を育てるということを考えさせてくれる一冊です。子育て、部下の育成、生徒への指導などに直面している方にお勧めです。
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高岡英夫との出会い25【本格的に講座に参加する6】

「リバース武蔵」でふたりづつペアになる時、僕はあぶれてしまった。 どうしようかと思い、まわりを見まわしていると、もうひとりあぶれている人がいて、その人と組むことになった。 声楽家の浦野智行さんと組んだのは偶然だった。 浦野さんがすごい人らしい、というのはそれまでの周りの人の反応でなんとなく感じていた。 実際、組んでみると…
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高岡英夫との出会い24【本格的に講座に参加する5】

「ベスト」は、上半身の運動を腕や手で解釈していた僕にとって新鮮だった。 そして、これが「ジンブレイド」か!と感動した。本で得た知識で期待がパンパンになっていたのだ。ホントは全然できていなかったのにね。 この時の「質重量体操法」は別の意味で印象深い。 組んだ相手が、なんというか、今でいうスピリッチュアル系満々の人だった。途中…
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高岡英夫との出会い23【本格的に講座に参加する4】

そして「極意を教える」がはじまった。 教えていたのは、当時の指導部の人たちだった。 皆、ソフトな雰囲気で、受付にいたような、いかつい感じの人はいなかった。 この辺は今も変わらないだろうが、ゆる(現在の基礎ゆる)と統一棒(現在のゆるゆる棒)でウォーミングアップをしてから、講座ははじまった。 「センター」を受けて、気分はもう…
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高岡英夫との出会い その22【本格的に講座に参加する編3】

受付に行くと、そこには大柄な男性が下働きをしていた。 その男性は、ただ単にスポーツをしていた人ではなく、なにか武道・武術・格闘技をやっていたであろうことは、以前、同じ世界にどっぷりいた僕にはすぐにわかった。 そのいかつい男は大きな身体を屈ませて、せっせとなにやら仕事をしていて、その姿に好感を持った。DS社の社員はよく仕事をするじ…
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高岡英夫との出会い その21【本格的に講座に参加する編2】

1999年のゴールデンウイークに僕はDS社の「極意を教える初級第一教程」「極意を教える初級第二教程」を受講するため、大阪へ向かった。 会場は、UHAではなく、南港のサンピアだった。 サンピアに到着すると、時間があったのでロビーで休んでいた。 他にもDS社の講座を受けにきたらしい人が何人かいたので、声をかけ雑談をした。 …
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高岡英夫との出会い その20【本格的に講座に参加する編1】

DS社からのダイレクトメールには、ゴールデンウイークに行われる講座の案内と割引券が入っていた。 よかった、これなら参加できる範囲の金額だ。 そう思い、数日してからDS社に電話し「極意を教える初級第一教程」「極意を教える初級第二教程」の申し込みをした。 なにか自分が、達人になる道が開けたような気がした。 あくまで気…
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高岡英夫との出会い その19【初めて講座に参加する編3】

高岡先生は、そのまま会場をまわりながら、各グループにアドバイスをして回っていた。 そして、しばらくすると時間になり、講座が終わると、前に出て受講生に対して話をはじめた。 僕は最初、その声に驚いたのと同じくらい、話のおもしろさに驚いた。 おやじギャグは気になったものの、ボケの幅やそのタイミング、時折見せるおちゃらけぶりは、もとも…
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高岡英夫との出会い その18【初めて講座に参加する編2】

「質重量体操法 初級」も終わりにさしかかったころだった。 突如、会場の後ろのほうから声が響いてきた。 言葉は「やぁ、ご苦労さん」といった感じのごくありふれた表現だったのだが、その声は非常に特別なものだった。 地の底から低く響くようでありながら、明るく人を引きつけるような・・・一言でいえば、非常に存在感のある声だった。今までの人…
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高岡英夫との出会い その17【初めて講座に参加する編1】

初めて講座を受ける日、僕は朝一番の特急サンダーバードに乗り、大阪へ向かった。 午前中の講座を受けるには、石川からだと朝一番の特急列車に乗らないと間に合わないからだった。 会場は、今でも運動総研が使用しているUHA味覚糖であった。 指導していたのは、DS社の指導員。 最初の「ゆる&統一棒」は、ビデオで見たとおりだった。 そし…
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高岡英夫との出会い その16の補足

10年近い前の僕は内容もわからず、スケジュールが合ったという理由だけで「質重量体操法」の受講の手続きをしてしまったのですが、このような申し込みの仕方は全くおすすめできません。 運動総研の受講歴の浅い方は、講座のタイトル名や生半可な知識で受講の決定をするのではなく、できれば信頼と能力のある方から適切なアドバイスを受けて、選択するのがいい…
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高岡英夫との出会い その16【DS社の講座を申し込む②】

申し込んだ講座は、「ゆる&統一棒」と「極意を教える 初級 質重量体操法」だった。 その頃は、月例の講座をまとめてではなく、一つだけでも受けることができた(現在は違います)。 受講の目的は、DS社の講座がどんな感じで行われているか知ることだった。 というのも、高岡理論がいくら優れたものであっても、講座に変な人が集まるような教室だ…
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高岡英夫との出会い その15【DS社の講座を申し込む①】

何が僕の目を引いたかというと、『身体意識』の右隅にDS社の講座「ゆる&統一棒」の無料パスポートがついていたのだった。 10年くらい前は、今より講座の料金が高かった。だから、『極意を教える』の講座を受けるにしても、かなり思い切らねばならなかった(注)。 だから、この無料パスポートは、僕にとって渡りに船だった。 数日後、考えた…
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高岡英夫との出会い その14【『秘伝』と『身体意識』を買い始める】

さて、高岡英夫は、すごい人なのでは?と思いはじめた僕だったが、あいかわらずDS(ディレクト・システム)理論はよくわからなかった。 だから僕は「習うより慣れろ、だ」と次々と高岡英夫の書いたものを読んでやることを決意した。 手始めは『秘伝』だった。 『秘伝』とはそれからのつき合いになる。そのころ、手に入ったバックナンバーもすべて買…
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